■内容紹介 とある事件をきっかけに、女性にあんなことやこんなことをされると気持ち良くなってしまうという困った体質に目覚めてしまった砂戸太郎。このままでは普通の恋なんてできるはずがない!この体質を治し、そして愛しの“シホリ姫”に告白するため「生徒たちの願いを叶えてくれる」という第二ボランティア部を訪れた太郎だったが、そこにいたのは自称・神を名乗る激しく勘違いな美少女・石動美緒と、太郎が目覚めるきっかけとなった忌まわしき存在、結野嵐子だった―。女の子たちから次々に放たれる快楽の罠!がんばれ太郎!そこで喜んじゃダメなんだ。
■感想「マゾ」や「変態」といったものをネタとしてしか消費してこなかった自分たちに、それらを少しでも真面目に使うことで(というか“使いよう”で)こんなにに物語を動かすものになる、ということを知らしめてくれる作品。
とにかくあらゆる箇所で「よく考えてるな」と唸らせられるんですが、それらを集約するというか、中心へと辿っていくと、そこにあるのはやはり主人公のM体質かと思います。
正確にはM体質の“扱い方”なんですが、物語を動かすために無駄なく、かつ有効な装置として機能していて、そのことだけを評価しても「この本読め!」と言いたくなってしまうんですよねw
たとえば、このM体質設定を「体質」とせずに「条件がそろえば否応なく発動してしまう能力」と捉えると、他の作品でよくある設定……のような印象で落ち着いていたかもしれません。
もちろんそうしたところで十分に面白い作品は作れるとも思いますが、逆に言えばこの作品での設定の妙と言えるのが、その「あえて体質にした」部分ではないでしょうか。
その二つの、似ているようで後々大きく違ってくる点が、その体質(能力)に対する主人公の姿勢です。
自分の意思とは関係なく発動してしまう能力にすれば、主人公は、その能力と自分を相対する位置に置いた構図の上で葛藤していき、それが即ち物語の軸になることが多いと思います。
しかしそこを「体質」にするということは、主人公は罵倒されたり殴られた場合に「くそうっ……この能力さえなければ!」とはならず「うへへへ」と喜んでしまうわけです。
つまり、そこに葛藤を発生させることはできず、とりあえずその部分は開けて通してしまう。
そうする事で、安易に「Mな体質に困る僕」という物語にはなっていかないんですね。
では、そこを開けて通すことでM体質な自分を肯定し、それありき(とりあえず「Mなんだ、それはしょうがないんだ」と認めた状態)でその先の物語を展開していくのかと言えばそれも違って、
“Mな体質に困る自分を手放すことなく抱いたまま、その先の様々なエピソードを展開していく”所が凄いんです。
どちらかを選択するのではなく、両方やっちゃうんですね。
Mに困る葛藤と、Mに支配される自分が共存していて、しかもそこに矛盾が生まれない。 ここが、新しいというか凄いというか、とりあえず作者の本気さが窺えるような気がしますし、技術的・物語装置的にも本作中で上手いこと考え、使っているなぁと自分がただただ感嘆してしまう点のひとつなのでした。
うまく張られた伏線や、それが活きる多重エピソード、登場キャラたちの動機付け・立ち具合のバランスからセリフ回しまで、ほかにも色んな技巧というか「面白さ」が詰まっているんですけど、それらの中でより重要な位置を占めるものはどれかと問われれば、やはり主人公の設定の存在が大きいのではと思います。
少し大げさですが、キャラが最重要視されがちなラノベにおいて、キャラと物語を相互関係的に作っていく上でのお手本的要素が多い作品ではないでしょうか。
……あ、あと一つだけ。
美少女に罵られたい人は読んで間違いない。
これまで自分が読んできたラノベでは「ドSキャラ」と銘打たれたものでも、なんだかんだでソフトな表現に落ち着きがちでした。
しかしこの作品のキャラたちは違って、事前の想像を超えて
ちゃあんと言葉で罵倒してくれましたから。
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